Towards A Geographical Study on Cognitive Cultural Economy of Mediterranean Diet [Not invited]
Hara Shinji
Proceedings of the General Meeting of the Association of Japanese Geographers 2019
1.背景と研究目的
インバウンド外国人観光客が増加する中, 食を中心とした観光による地域活性化の取組みが注目を集める一方(観光庁, 2018; 鈴木, 2007; 安田, 2016). 厚生労働省が2013~2014年に「日本人の長寿を支える『健康な食事』のあり方に関する検討会」を開催するなど, 健康によい食のあり方やとフードシステムのあり方が問われている(厚生労働省, 2014; 薬師寺, 2014; 岩間他, 2015; 荒木他, 2007). こうした2つの観点からの先進事例として地中海食があげられる(Campon-Cerro et al., 2014). 本研究は,地中海食に関する関連分野の研究を概観し,食文化に関係する地理学研究や認知文化経済の視点と照合することにより,多面的な地中海食のダイナミクスの特性を分析する視点の抽出を試みることを目的とする.
2.地中海食に関する研究
地中海食は2010年ユネスコの世界無形文化遺産に登録されて一般の注目度が高まっているが(Saulle and La Torre, 2010), 元々は米国ミネソタ大学の疫学のAncel Keys教授らが1950年代末から開始した7ヵ国を対象とした疫学調査, いわゆる「7ヵ国調査」が発端であり(Menotti and Puddu, 2015; 横山他,2018), 地中海沿岸の諸国では, 北欧や米国に比べ, 虚血性心疾患の発症が1/3以下であること等が示され, さらにKeys教授が1975年に出版した本"How to Eat Well and Stay Well: The Mediterranean Way"によって健康食としての地中海食が認識されるようになった(横山他,2018).その後, 地中海食の効果に関して疫学, 栄養学, 医学等の領域で数多くの研究がなされている(Castro-Quezana et al., 2014; Gotsis et al., 2015; Menotti and Puddu, 2015; El Bilali et al., 2017; 佐々木, 2013; 横山他,2018).
また, 世界遺産登録前から地中海食に関して国際的な取組みが組織的に進められており, 2009年には持続可能な食事モデルとしての地中海食に関する国際会議が開催され, 2012年にマルタで開催された第9回CIHEA農業大臣会議では, 地中海食の役割は地中海における持続可能なフードシステムの牽引役であると位置づけられた(Dernini et al., 2016). さらに国際連合食糧農業機関(FAO)と地中海農業先端国際研究センター(CIHEAM)は地中海食文化フォーラム(FMFC)や地中海食国際基金(IFMed)と協力し, 持続可能な食事としての地中海食のポイントを(A)栄養と健康, (B)環境, (C)経済, (D)社会と文化という4つの次元のフレームワークとして示すMed Diet 4.0を2015年に開発している(Dernini et al., 2016; Hachem et al., 2016).
地中海食は健康食のモデルとして世界に知られ, 地中海食を域外の国に応用しようとする試みがカナダとアメリカや(Abdullah et al., 2015), オーストラリアでも行われているにも関わらず(George et al., 2018), 地中海諸国の現地では若い世代を中心に地中海食離れが進んでいることが報告されており(Saulle et al., 2016; Hachem et al., 2016), 相矛盾した現象が生じている. 地中海食は単純な成功事例ではなく, 成功面と失敗面を含み, 理想と実態が複雑に絡む多面的な特性をもつものとして分析する必要がある.
3.食文化への認知文化経済的地理学アプローチに向けて
地中海食のダイナミクスの理解には、近年の経済地理学や食の地理学に影響を与えているアクターネットワークセオリー(Murdoch, 1998; Mueller, 2015; Watts and Scales, 2015; 北崎, 2002; 荒木他, 2007; 野尻, 2015; 野尻, 2016),認知文化経済やコンヴァンシオン経済学が重視するアクターの認知的行動, 現実世界の社会的構成のあり方に注目する視点(荒木他, 2007; Scott, 2014),ならびにイノベーション研究における資源動員の正当化の視点を応用し(軽部他, 2007; 武石他, 2008; 松本, 2011),健康食という価値を付与された概念としての「地中海食」が、どの空間スケールでどんなアクターが関係したいかなるプロセスで正当化され, 社会に浸透していったのか,そのプロセスにおいて地理的概念がどのように機能してきたのかを分析する視点が求められる.