シクリッド魚類Julidochromis transcriptusにおける子殺し行動に関する研究 [通常講演]
井上陽希; 松本一範
香川生物学会第75回総会 2023年02月 口頭発表(一般) 香川大学教育学部 香川生物学会
霊長類やライオンなどの哺乳類を中心に,グループの乗っ取りを介した雄による子殺し行動が報告されており,雄にとっての子殺し行動の機能や子殺し行動に対する雄の対抗戦略などが議論されている。近年,水槽実験によって共同繁殖を行うシクリッド魚類の一種Neolamprologus pulcherでも子殺し行動が報告されており,乗っ取りを介した子殺し行動は,系統的制約を受けない普遍的な現象であることが示唆されているが,魚介類ではN. pulcher以外での報告例はない。さらに,他のシクリッド魚類の1種Julidochromis transcriptusでも子殺し行動が起きることが示唆されているが,乗っ取り雄による卵の捕食は直接的に確認されておらず,また,子殺し行動の機能も確認さていない。そこで,本研究では,雌雄がペアで子育てを行うJ. transcriptusを用いて,実験的にペアの雄を除去して他雄に入れ替えることで子殺し行動( 前雄の卵が新雄によって捕食される)が本種にも観察されるか否かを再検証した。まず,雌雄各1個体( 雄>雌)を水槽に投入してペアを形成させ,隣接水槽にペア雄と同様な全長の乗っ取り雄を投入した。ペア水槽で卵塊確認後,乗っ取り実験として,ペア水槽から雄を除去し,乗っ取り雄をペア水槽に投入した。また,ペア水槽の雄を乗っ取り雄と入れ替えない対照実験も行った。乗っ取り実験では,乗っ取り雄による卵捕食行動が直接的に観察でき,乗っ取り雄投入から1日後には6試行中5試行で全ての卵が消失した一方,対照実験では,卵塊確認から2日経過しても6試行中4試行で卵が維持されていた。乗っ取り雄の卵捕食行動によって次期産卵が早まったり,次期産卵数が大きく増加したりすることはなかったため,本種の子殺し行動の機能を( 子殺しは雄の適応度を高める繁殖戦略である」という性選択仮説に基づいて説明することは困難であることが示唆された。